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No368 邑久郡の古墳 [日本の歴史]

ただ単に邑久郡の古墳のことを書くのではありません。備前の一の宮が安仁神社から吉備津彦神社に移った理由を知るために、古墳から探ろうと思っています。
 安仁神社がある西大寺一宮の隣は、瀬戸内市牛窓町です。瀬戸内市は、つい最近に牛窓町と邑久町と長船町が合併して誕生した町です。合併前は邑久郡でした。それで、タイトルに邑久郡を使用しました。
 瀬戸内市になってしまいますと、邑久郡が消滅しますが、地図で確かめてください。広大な地域であることが判ります。その入り口の所にあるのが、安仁神社です。邑久の「邑」という字は、村のことですが、中国では単に小さな村ではなく、都があったところに付けられると辞書にあります。久しく続いた都という意味でしょうか? 別の字で、大伯と書いて「おおく」と読むようです。こちらも偉大であるという意味が有るようです。

さて、このようなことを頭に描きながら、さぞかし立派な古墳があるのであろうと期待をして牛窓を訪れました。残念ながら、雨にたたられて、古墳に登ることもできず、古墳をみることもできませんでした。下図は、牛窓神社のパフレットからお借りしました。

見にくい図ですが、位置と古墳の向きだけを確認してください。方向は全部異なっています。5つある古墳はすべて、前方後円墳です。上から順に
天神山古墳---前方部を海に向け、後方部頂上には、竪穴式石室が有ったと思わせる石材があり、埴輪片採取。 全長90m。前方部には、牛窓天神があります。
波歌山古墳---前方部を南西に向けた全長60mの古墳。前方部と後円部に竪穴式石室がみられ、古式の須恵器片が採取。1970年頃消失。
鹿歩山古墳---空濠をめぐらした古墳。全長65m。山の頂上にホテルがあり、駐車場の横にありますが、ただの山に見えるだけです。
二塚古墳-----前方部は南東を向いています。横穴式石室。
黒島古墳-----海上の黒島にある古墳。竪穴式古墳。埴輪、古式の須恵器出土。

黒島古墳を除いてすべて近くまで行きましたが、大きすぎて全体の姿がわかりませんでし
た。それほど大きいのですが、すべて、山の上に造られていますから、造るのには相当大変であったと思われます。古墳が造られた山は、低い山ばかりですが、頂上にあるだけに 造るときは、余計に労力がかかったと思われます。田畑のできる土地は少ないのに、どうして、多くの人が生活していたのか不思議に思いました。黒島古墳が島にあることも考えますと、海運が仕事のすべてであったのではと想像しました。横穴式石室である二塚古墳が一番あたらしいことになります。 埴輪の出土は、天神山古墳と黒島古墳。 古式の須恵器の出土は、波歌山古墳と黒島古墳。このような事から、波歌山古墳---黒島古墳---黒島古墳二塚古墳の順で造られたのでしょうか? すべての古墳から、鏡や鉄器などが出土していませんから、天皇家の一族(イザナギも含むだったのでしょうか? もっと、データーがほしいです。


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退官した老人

ここ暫くの皆さんの書き込みを見て感じたことを書きます。
私の大学にも最近、社会人の学生が増えました。
この人達は、一般の学生より向学心が旺盛で勉強熱心です。
そして、研究のテーマーもはっきりしています。
その意味で、指導教官としては学生よりも楽な存在です。
只1つ困ることは、思い込みが強く、頑固なことです。
Vettyさんの書き込みもその典型のように思います。
 古事記、日本書紀をはじめ文字の無かった国の言葉を漢字と云う外国の文字で表現する難しさを当時の人達も悩んだようです。
漢字の意味よりも音を重視して、出きるだけヤマト言葉の雰囲気を残そうと苦労しました。
この事は、古事記、日本書紀の編者も強調して書いています。
又、本居宣長からの現在に至るまでの長い研究史でもその事が証明されています。
vettyさんがよく問題にされる古事記と日本書記の神名、地名などの使用漢字の違いも、貴方が推論されるような意図的なものではないようです。
しかし、そこを疑問に思い、そこを議論の出発点にすれば、それこそ過去200年の日本の文献史学の成果と対決して、その成果の不合理であることの論証から始めなければなりません。
失礼な話、それは出来ないことでしょう。
先ず原資料の解読からの学力が有りますか?
少なくとも一次史料でなくても研究史上重要な論文は読破し理解しなければなりませんが、この論文すら理解して読むだけの学力が有りますか?
素直な性格と評価されているようですから、ここは素直に学問の研究成果を受け入れて、使用文字に拘らず音を重視してはどうでしょうか?
今回も「邑」と云う文字に既に「神武伝説」が前提として頭の中にあるのがよく判ります。
どうでしょう「邑」を検証していたら結論として「神武伝説」が浮かび上がったのとちょっと違うでしょ。
 神社に位を与えたり、総社や一宮などと言ったりし出すのは平安時代に入ってからの事です。
古墳時代と時代が開きすぎます。
その間の歴史の変遷を合理的に組み込んで、社格の説明を試みるのは冒険ですが出来ますか。
 多くの批判をしている人達は、その辺りの飛躍に戸惑いを感じているのだと思います。
 長くなるので機会を改めますが、最後に貴方が書かれた「すべて、山の上に造られていますから、造るのには相当大変であったと思われます。古墳が造られた山は、低い山ばかりですが、頂上にあるだけに造るときは、余計に労力がかかったと思われます。」と云う件と「ユダヤ人が目標として山を削り二等辺三角形の山に整形した」との矛盾はどうなんでしょう。
このような飛躍、不合理、思い付きが多すぎるのではないのでは。
by 退官した老人 (2006-12-25 14:16) 

vetty

貴方は、歴史特に、文献史学を専門にしておられるようですが、どうして、素人の私に本気で食って掛かられましたか? まさか、自分の方が頭が良いことを言いたかったのではないですね。(貴方は、退職されたそうですから、随分長いこと歴史の仕事に携わってこられました。それで生きることができたのです。研究をして、素人より知識が豊富なのは当たり前です。自慢になりませんから、頭が良いことを言いたかったのではありません)
私に親切に教えてあげようと思われたのではないですよね。
自分の大学の社会人の学生を褒めました。向学心が旺盛で勉強熱心ですと。
只1つ困ることは、思い込みが強く、頑固なことです。これを読んだら、どのように思われるでしょうか。さすが、先生、よく見ておられると喜ぶでしょうか? 貴方は学生を指導するときに、このような方法で指導されたのですか? 

【 古事記、日本書紀をはじめ文字の無かった国の言葉を漢字と云う外国の文字で表現する難しさを当時の人達も悩んだようです】 それこそ、そんなこと、何処に書いてあるのですか? 古事記の本文の前には書いてありますが、日本書紀にはありません。
【ヤマト言葉の雰囲気を残そうと苦労しました】とありますが、本当にヤマト言葉などあったのですか?ヤマト言葉は、どこの誰がつかっていたのですか?  
このように、ケチをつけようと思えばいくらでもつけることができます。

【しかし、そこを疑問に思い、そこを議論の出発点にすれば、それこそ過去200年の日本の文献史学の成果と対決して、その成果の不合理であることの論証から始めなければなりません】 私の文章を読まれて、どこに私が日本の歴史学会を敵にまわして論証するとかいてあるのですか? 
貴方は、よほど、私が書いたことに腹を立てられたのだと思います。おかしいことに、腹が立ったのであれば、素人の戯言ですから、ほっておけばいいのに、ほおって置けなかった。だから、次々と読んでしまったことになります。読めば、ここもおかしい、あそこもおかしい。
① 先ず原資料の解読からの学力が有りますか?
② 先ず原資料の解読からの学力が有りますか?
③ 少なくとも一次史料でなくても研究史上重要な論文は読破し理解しなければなりませんが、この論文すら理解して読むだけの学力が有りますか?
④ 神社に位を与えたり、総社や一宮などと言ったりし出すのは平安時代に入ってからの事です。古墳時代と時代が開きすぎます。(この開きをどのように解決するかが私の課題ですが、プロの方で、古墳時代を明快に解決された方はおられますか? )
その間の歴史の変遷を合理的に組み込んで、社格の説明を試みるのは冒険ですが出来ますか。
⑤ 今回も「邑」と云う文字に既に「神武伝説」が前提として頭の中にあるのがよく判ります。どうでしょう「邑」を検証していたら結論として「神武伝説」が浮かび上がったのとちょっと違うでしょ。(もう一度、読んでください。「邑」を検証などしていません。「邑」という字は、ムラと読むのは、知っていましたが。どのようにして作られたのかを白川著「字訓」で調べる前に、広辞苑で調べたら、「「邑」という字は、村のことですが、中国では単に小さな村ではなく、都があったところに付けられると辞書にあります」と話題提供ぐらいに書いたのに、貴方は私が、牛窓へ行ってきた話を書いただけなのに、どうやら論文として扱われたようです。そして、本気で、私の論文が間違っていると指摘されました。 

どうですか、少しケチをつけようと思われたのに、気が付いたら本気で私を糾弾しようとされておられたことが判ると思います。

どうされたのですか? 長い人生をずっと、このように目の前に現れたタンコブは潰しながらやってこられたのですか? 社会人の学生は、きっとほっとして、のびのびしておられるでしょう。
最後に、
「ユダヤ人が目標として山を削り二等辺三角形の山に整形した」との矛盾はどうなんでしょう。
とありますが、このように私はかいておりますか? ユダヤ人は、測量の技術があったことは、アストロラーベという天球儀を持っていたことをM・トケイヤーが本に書いています。私も信用していませんでしたが、《歴史番外編 No2 2000年前の天文計算機 》を見てからは、ユダヤ人は測量できた。二等辺三角形の山に整形したのは、イザナギの一族だと思っています。だから、「ユダヤ人が目標として山を削り二等辺三角形の山に整形した」は間違っています。
もう一度、質問します。 貴方は、どうして、素人の私を本気でやっつけようとされましたか? 
by vetty (2006-12-26 01:00) 

退官した老人

これは失礼しました。
真意が伝わらなかったようです。
応援するつもりでしたが。
随分、博識でおられるから申し上げることは何もありません。
研鑽を積まれてください。
by 退官した老人 (2006-12-26 09:52) 

???

益々面白くなってきた。
私が読んだ範囲では「退官した老人」は親心で親切に忠告しただけに思えるが。
随分被害妄想に落ち入ている様だ。
反論も要点がぼけて、墓穴を掘ったようだ。
その辺りが分かっていないらしい。
「古墳時代を明快に解決された方はおられますか?」現在の考古学では随分と解明されたことが多い。ただ、分かった事、分からない事をはっきりさせる必要はある。でも10年前の研究より格段に進歩している。
「明快に」とはが問題で、そこが満足と云うか納得できないのだろうが。
誰かが書いていた「通史」による歴史観が不足しているから仕方ないけれど・・・。
古事記、日本書記、万葉集や古代地名、神名、人名・・・などの文字表記は「音」であると云うのはそれこそ常識。
「ヤマト言葉」は、何時の時代、誰が使用したのか?そんなことを聞くこと自体教養が無いと自白しているようなものだ。
がんばって。
by ??? (2006-12-26 15:20) 

vetty

退官した老人^
返事ありがとうございました。人の心に突き刺さるようなことを書きましたので、返事は頂けないかと思っていました。私は、ここ数日、心に突き刺さるようなコメントを受け取りました。全員、歴史を勉強された方ばかりです。私のブログよりずっと、面白いですから、読んでおられる方は、私のブログではなく、コメントばかり読んでください。面白いから、仲間に入ろうという方もありました。私の知識のなさを盛んに書いておられます。書かれた方から見たら当たり前でしょう。赤子のような私に、本気でかかってこられたのが貴方「退官した老人」です。別の機会にかきますが、コメントではなく、直接私のコンピューターを壊そうとした人がありました。身の危険を感じて、わたしは、日本史解明を諦めました。
このように決心したところに書いてこられたのが、貴方です。私は、あなたを許すことができませんでした。いっぱいの理由がありますが、その一部は書きました。他には、貴方が「退官した老人」であることが間違いないと思ったからです。貴方は気がついておられないでしょうが、「退官」とは、だれが使う言葉とおもわれますか? 普通は退職したと言います。あなたは、これまで、国家公務員だったと思います。地方公務員かも知れません。あなたは、あの短い文面の中で、もう一つおかしな日本語を使われました。「私の大学」です。別におかしくありませんね。貴方が、本物の「退官した老人」だからです。普通は私の勤務する大学ではと表現します。たったこれだけのことで、貴方は大学で勤務されたばかりではなく、退官される前は、高い地位に居られたことが推察できます。
〔私のここまで書いた文章は、おかしいとおもわれませんか? 最近気がついたことがあります。私の文章は、関西の言葉なのです。その中でも、大阪弁なのです。書き言葉が大阪弁というのは、おかしいのですが、確かにそうなのです。ブログ全部読んで頂きますと、断定した部分がありません。悪く言いますと、誰かに追求されたときに、どこへでも逃げることができるように書いてあります。話題がぽんぽん飛んで、読んでいる人には、いい加減なことを書いているように理解されます。今、私は素人のくせに、2冊目の本を作ろうとして、2回目の校正をしているところです。私の担当の人が、私が書いた文章をここはおかしいのではないかと指摘されてきます。その部分は、大阪弁の書き言葉(これは私の造語です)だからです。担当者は、東京の方ですから、気になるし、理解できないらしいです〕

〔 〕の部分は、この前の部分と脈絡が通じていません。しかし、誤解されないように、〔 〕の部分を入れてしまうのです。貴方としたら、なんだコイツの文章はということになったのでしょう。貴方は、自分が書かれたコメントをもう一度、読んでください。短い文章で言いたいことは、全部書いておられます。新聞記者が務まります。(この部分が余計な文章なのです。褒めたのですよ) しかし、私の心には、グサッと突き刺さる文章です。
 そうであるのに、貴方は、褒めたつもりだと書いておられます。その次に書かれました???さん (ふざけていると思われませんか? ) それに比べてあなたは、確かに、教えてやろうという面はありますが、自分の教え子の悪口を書かれました。本当に、日ごろから思っておられるから、ついこぼれてしまいました。これが、???さんと電話でおしゃべりしておられるのであれば良いですが、私を励ますために書いたとなりますと、辻褄が合いません。
 一昔前(説明必要ありませんね)、日本には大学が、短期大学を含めて1300ほどありました。大学は、700ほどありました。一昔前ですから、現在は、もっと増えていますが、国立となりますと、現在は、どんどん減らされていく傾向にあります。私が卒業した大学は、歴史の講座はありませんから、除きます。調べますとすぐに、歴史の講座がある大学が浮かびあがります。全部電話をかけます。事情をお話ししますと、きっと、話が聞く事ができるのは、5分の1ぐらいと思われます。後は、一軒ずつ、直接行って調べることになります。30日の暇とお金があれば、貴方はどこの大学を退官されたか、お名前は判ります。私はしようかなと思っています。なぜなら、これからの日本を救うためです。
 続く
by vetty (2006-12-27 07:28) 

vetty

前の続きで。
又、わけの分からないことを言っていると思われるでしょう。貴方は、一般の方であれば、このように考えません。貴方は、人の税金を使って、研究をし、そして、つぎの世代を担う人を指導してこられた人です。本当に、真面目にしてこられたのか、知りたく思いました。
 どうして、知りたいと思ったか、書きます。あなたは、私が書いたことに対して、「真意が伝わらなかったようです」と書いてこられました。おかしいですね。貴方が書かれた文章は、「応援するつもりでしたが」と書いておられますが、あの文章を読んで応援しているなと思われる人は、日本人ではありません。 ???さんも歴史に携わっておられる方のようですが、歴史を勉強している人は、みなさん、このような調子ですか? (一度、学会を見学したいものです) 
 貴方のような地位の方がこそ、しっかりしないといけないのに、どうされたのでしょうか? 今年は、全国のすくない知事のうち、3人が逮捕されました。まだ容疑者ですから、コメントは早いかもしれませんが、容疑をうけるだけでも、知事の資格はありません。また、話が飛びましたが、飛んだついでに、もう少し書きます。

私は現在の日本が崩壊していくように思えてなりません。今年、一年間、なにが起こりましたか? いじめによる自殺、それも子供たちばかりです。誰一人、救うことが出来ません。親を殺した。自分の子供を殺した。殺人といいますと、お金と男女の関係と決まっていましたが、尊属殺人がどっと、発生しました。それも、地方で多く発生しました。新潟の事件は、自分の幸せのために、自分の子供と隣の子供も殺しました。その後の経過が問題です。きっと、ご承知だと思います。根本的なところがくるっているのに、どのような結末になったかご存知ですか? なに一つ解決していません。ほかに、医学界で二つの大きな事件が起こりました。腎臓移植の件です。ご存知ですよね。世の中のルールに従わないで、本来なら、廃棄すべき腎臓を移植されまました。この問題はおかしいと思われませんか? 手術をした医師を批難のは正しいですが、擁護した人もいました。手術をして貰って助かった人たちです。手術をしていなければ、死ぬこともできず、人工透析を繰り返す生活が、死ぬまで続くことになります。莫大なお金が病院には転がり込みますが、患者の家庭は崩壊です。万波誠も良くないことをされたと思いますが、医学界は、腎臓に対する治療方法が間違っていたことを世の中に知らしめたことになります。
 もう一つは、神戸の六甲で遭難し23日目に救助されて助かった事件です。一般の人のコメント、「良かった良かった」 専門家のコメント、「こんなことは有り得ないことです」。これで終わりです。今までに、随分、生きているのに、棺桶にいれられた人が居られたと思います。死亡診断の仕方を見直さなければいけないのに、そのようなコメントは聞く事ができませんでした。この二つの事件は、医療界は、もう一度、学問とはなにかを問い直さなければいけないことを教えました。

私は書いた文章を見直しません。見直しますと、同じ時間がかかるからです。考えたことを飾らず、一気に書いています。したがいまして、この文章のここがおかしいという返事には、お答えできません。
 最後に、「博識」という言葉を頂戴しました。この言葉は、難しいですね。私は博識でありませんから、嫌味に聞こえます。お前は人間性が失格しておると批難を受けるかもしれません。しかし、本当に博識がある人は、嬉しく思うでしょうが、本職はだれにもまけないつもりですが、知識がないのには参っています。
 なぜかと言いますと、私は3年前から俳句を始めました。それだけではなく、恥ずかしげもなく、9人の人に家に来ていただいて、俳句会をしています。俳句をはじめてから、どれほど、毎日の生活が楽しくなったか? 参加している人は、次回の俳句会が待ち遠しく思われています。残念なのは、全員老人ばかりだということです。
 俳句雑誌をとっています。俳句をしておられる方は、どれほど、知識が豊富かご存知ないと思います。奈良や京都で行われる行事はほとんど行っておられます。花の名前、鳥の名前、歴史。何でも来いです。俳句か、老人がやっておるわいと思われるでしょうが、どれほど、心豊かで生き生きと生活しておられるか、驚くばかりです。
この人たちは、博識と云っていいと思いますが、私には当てはまりません。
 日本語は、むずかしいですね。これぐらい恥ずかしげも無く、かきますと、少しぐらいは判っていただけるかもしれませんが、貴方が書かれるような文章では、本当のことは伝わりません。
 その内に、貴方の家のチャイムを押すことになるかもしれません。お金がありませんから、きっと無理とはおもいますが・・・。
できれば、貴方がされた研究を教えてください。もし、本をだしておられるのでしたら、教えてください。購入して読みたいと思います。
by vetty (2006-12-27 11:37) 

絵描き

お恐れながら聖徳太子の生涯をモチーフとした一連の作品の準備を初めたばかりなのですが、いろいろ資料を集めている段階で貴兄のブログを拝読させてもらう機会を得ることができ、良い刺激を与えていただき感謝しています。
以前は美術史を、それもエジプトからギリシャの流れを汲む西洋美術を中心とした視覚芸術の歴史を表面的にかじったくらいだったのですが、最近は日本のそれも奈良時代以前の歴史に強く惹かれるようになりました。
私は学問としての歴史を改めて勉強しなおす時間もありませんし、ましては文献をもとに「正しい」歴史の解釈をする能力もありません。 入手できる資料も限られています。
ただ、漠然とした言い方ですが、直感的に感じることができる歴史というのもあるように思われます。 われわれが今こうして存在していること自体が、歴史の中に実在した人々のDNAを受け継いでいるという興味ある事実だと思っています。
万葉仮名は当て字というのが通説ですが、沢山ある漢字の中からどれを選んで使うかというところにも当時の人達の感性を読み取れるように思います。
学問としてというよりも、感性の表現として貴兄の視点にとても興味を抱き、拝読させていただいています。
これからも楽しみにしています。
by 絵描き (2006-12-28 15:28) 

vetty

絵描き さん ありがとうございました。DNAは、これから いろいろのことを教えてくれると思います。以前は、殺人犯を特定するには、血液型がおおきな比重を占めていましたが、DNAは参考にされるようになってきました。
中国残留孤児の親子関係には有効であることが判ってきました。では、三代にわたっても受け継がれるのかは判っていません。しかし、犬では4代どうやら確からしいです。(確かとらしいを一緒に使うのは矛盾していますが、私は知識がないということです) 私は30年もすると、100代は確からしいと予想しています。トルコの人は、なぜか日本人が好きです。きっと、DNAのどこかに一致する処があるのだと推察していますが、30年も私は生きておれません。 こんなことを想像しながらかんがえていますと、楽しさいっぱいです。聖徳太子は勉強したい人です。頑張ってください。
by vetty (2006-12-29 10:19) 

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