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真説建国史のあらまし(3) その2 [真説 建国史]

前回は、田村誠一氏の『真説 建国史』の5ページに書いてある、一行目の<中国の宋書に日本書紀と朝鮮占領軍軍司令官に倭王が任命されていた。これを学者は天皇と誤認も甚だしい>の部分だけを記しました。
  
 第四話  占領軍軍司令官  前ページ12
http://rakuraku.cocolog-nifty.com/tanosimu/2009/01/12-a040.html
を読んで頂こうと書きましたのに、内容は、割愛しましたと書きましたが、 ここに重要な部分は、転載していました。
 下線の部分は、著者の意図する所は判りませんが、括弧で囲まれていました。

この冊子のタイトルは『第四話 西大寺ヤマト』ですが、ここに、--資料編---と書かれていました。
 従いまして、論文ではなくて、資料提供の積りであったことが判ります。

今日は、真説建国史の3ページに書いてあった事の、その後の部分について書いてみます。

② この倭王興の子孫の中臣鎌子がクーデターを起こして大化の改新を行った。
 本居宣長は古事記を35年も研究した結果古事記こそは日本の正しい歴史だと断定した。
しかし明治の歴史学者は藤原や中臣があらわした国史を信用して、日本書紀を国史の基本にしたのである。

 この部分は、日本の歴史学者を敵に回すような、激しい文面ですが、まだ、資料編にしても、4冊目の冊子にこのような事を書かれると云うことは、勉強をされたことに納得がいかないのだと受けとりました。
 そこで、私も真似をして、
第四話  占領軍軍司令官  〝邪馬台国〟256頁
http://rakuraku.cocolog-nifty.com/tanosimu/2009/01/256-105f.html
に、
私より一言----上記のことで、「前漢の時代に占領目的でヒルゼン高天原を設定した」の部分は、私は現在でも、納得できない部分です。著者の田村誠一氏は、その後、古事記の最初に書かれている神々が、高天原の予備調査をし、イザナギとイザナミが国造りをしていったように、古事記の解釈をしておられます。   
と書いています。

最初に書かれている神々とは、天之御中主神、高御産巣日神と神産巣日神ですが、此の神達も、前漢の時代に占領目的でヒルゼン高天原を建設したことになり、その為の説明をする為には、三人とも、中国大陸からやって来たことを説明しなければなりません。 そこで、田村氏の説にイチャモンを付けています。

 このように『第四話 西大寺ヤマト』は、資料の一つですが、その後の著書を理解する上で、大切な部分だと思います。

 「前漢の時代に占領目的でヒルゼン高天原を設定した」は間違いかも知れませんが、
「前漢の時代に占領目的で中国人が、日本にやって来た」事は、確かだろうと思います。

 結論だけを記しますと、それが完成したのは、645年であり、794年、927年であると思います。この年代は、何だと云いますと、大化改新、平安京遷都、延喜式内社制定です。

著書『第四話 西大寺ヤマト』はもう、有りませんから、読む事は出来ませんが、私が一冊持って居ます。それを読んで頂こうと思って、インターネットに掲載しました。
 次のページもその一ページです。
第四話  宋への上奏  p-15
http://rakuraku.cocolog-nifty.com/tanosimu/2009/01/p-15-2db9.html

次々とクリックして戴きまして、出来ればコピーして頂きますと、『第四話 西大寺ヤマト』をすべて、読む事が出来ます。

『 西大寺ヤマト』は、岡山県の西大寺のことです。田村誠一氏は、ここが、魏志倭人伝に書かれている【倭】だと考えておられることになります。

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