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小さな発見・新しい発見 滋賀県の式内社(湖北4) [神社からさぐる歴史]

ここ10年ぐらいは、式内社を主に訪れています。
 なにが役に立つのかと云いますと、式内社は、927年に決められました。

 と云うことは、其の地に、927年より以前から神社は存在した可能性があります。誰が制定したかといいますと、藤原氏が、長い事掛かって制定し、その後、この村を中心にして、式内社のある集落は、どんどん村人の人数が増えたと推理しています。
 それだけではなくて、裕福になりましたから、現在でも、全国に存在していると考えています。
 元々は、住民は、同じ先祖を有する人達が、神社を作りお祭をしたのではないでしょうか。
 いつ頃から藤原氏はこのような神社をつくるようになったかと云いますと、645年(大化の改新)からではないかと考えています。

漢字が中国から伝えられますと、記録として残されるようになり、ただ、暗号の様に、呼び習わされていた所に地名が漢字として記録されるようになり、歴史が生れるようになったと考えます。

このようなことを幾ら書きましても、推理するだけで、何も根拠はありませんが、式内社のある所に共通する歴史は、その廻りでは、絹が生産され、絹織物が作られていました。そして、現在でも、絹が生産されているところは、式内社と重なります。

 所が、この絹を求めて日本にやってくる人がいました。
シルクロードという道があることは、皆さんご存じですが、何時からだと云いますと、紀元前かららしいと云うことが分かってきました。

 古い時代は、ユダヤ人が絹を運んでいたようです。

 その後は、中国人と韓国人の人が多くなりました。

滋賀県は、その後、朝鮮半島の人が渡来されたと見え、その痕跡は、神社にも残っていることになります。

『金 達寿』のお名前で、素晴らしい研究が一杯です。『日本の中の朝鮮文化』とタイトルで、随分執筆されています。

 滋賀県と関係ある書物は、
『司馬遼太郎の風景 2』 日本放送出版 1998年
『近江古代史への招待』 松浦俊和著 京都新聞出版センター 2010年
『滋賀のなかの朝鮮』 朴鐘鳴編著 明石書店 2003年
『近江朝と渡来人』 金達寿著 雄山閣出版 1996年
『古代近江の原風景』 松浦俊和著 サンライズ出版 2003年
『日本の中の朝鮮文化 3』 近江・大和 金達寿著 講談社 1972年
『近江・大和の古代文化論』 児玉正幸著 文理閣 1994年
『日本と朝鮮の関係史』 日朝友好促進京都婦人会議編 アジェンダ・プロジェクト 2004年
『古代豪族と朝鮮 』京都文化博物館編 新人物往来社 1991年

出来れば、この方が見付けられたこと以外で、なにか
発見出来ないかと考えている所です。

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