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犬田神社 [日本の歴史]

米子市大字陰田字小天竺鎮座

 際神 大巳貴命、國常立尊、天忍穂耳尊
    木花咲屋姫命、武内宿禰命、道眞
    稲背脛命、

 由緒 創立年代不詳、往古より山王大明神
    と称し崇敬せり、以前は六十四石八
    斗九升の社領ありしと云ふ、其の頃
    神事式執行新鮮供物を洗ふ井筒に、
    御水井土、洗度井土、研井土ノ三
    所ありて今に存す、御旅所今は宮田
    と唱ヘ草原あり、其の後社領減少慶
    長六年極月二十六日中村伯耆守より
    神主居屋敷手作分として三石を附け
    られ、慶長十六年寅十月十八日米子
    城主加藤氏及び元和四年九月十九日
    藩主池田氏よりも中村氏と同じく取
    扱はれ、寛文七年六月二十六日社領
    一石八斗九升九合を先規により寄附
    せらる明治維新神社改正の際大田神
    社と改称せらる、往古より摂社たり
    し米子市大字陰田字北井垣鎮座衣那
    荒神社同市大字同字東天神谷鎮座北
    野神社、同市大字同字東天神谷鎮座
    北野神社、同市大字同字狸谷鎮座鷺
    神社を此の時合祀す。

例祭日 十月十九日

建造物 本殿、幣殿、拝殿、随神門

境内坪数 六百六十二坪

崇敬者戸数 六十五戸
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