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村社 元野神社 [日本の歴史]

東伯郡大誠村大字原字東屋敷 鎮座

祭神 素戔嗚尊

由緒 創立年代不詳、往古より荒神社と称す
   当地中世以降当大字の中央なる平野山
   が其の頂上平坦にして且高燥なるによ
   り別に此の地に素神を祭りしが地の利
   を得たるにより終に平野社を部落の氏
   神として崇敬するに至りたるも、此の
   地は元より由緒ある旧跡なるを以て、
   里人は元宮荒神と称し今に尊崇絶ゆる
   ことなし、然るに明治十二年神社明細
   帳提出の際神社登録出願脱漏を遺憾と
   し、大正十一年六月二十日附を以て神
   社明細帳に編入方出願し同十一年十一
   月許可せられる、大正十三年十一月村
   社に列す、昭和三年三月二十八日神饌
   幣帛料供進神社に指定せらる。

例祭日  四月九日

建造物  本殿、幣殿、拝殿、社務所

境内坪数 五百六十七坪

氏子戸数 百十一戸
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村社 高見神社 [日本の歴史]

東伯郡上北條村大字新田字屋敷鎮座

 祭神  須佐之男命
 
 由緒  創立沿革等不詳、大正七年十月十九日
     上北條村大字大塚字大荒神鎮座無格社
     七峰神社(祭神須佐之男命)を合併す、
     大正九年十月境内神社春日神社を公認
     せられ合併実行す、昭和五年七月二十
     一日村社に昇格す、昭和五年十月二十
     四日神饌幣帛料共進神社に指定せらる。
 
 例祭日  十月十九日
 
 建造物  本殿、拝殿、参籠所

 氏子戸数 百三十八戸


コメント  この記事は、以前に投稿したつもりですが、
      見当たりません。そこで、もう一度、掲載
      しました。
      他の資料も確認しましたが、他に、以前に
      掲載下資料が消えているように思われます。
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村社 船内神社 [日本の歴史]

東伯郡上北條村大字下古川字西屋敷鎮座

 祭神 猿田彦神、素戔嗚尊、経津主神
    
    宇迦之御魂神

 由緒 創立年月詳ならず、維新前までは船居
    大明神と称し、猿田彦大神を奉祀し、
    宇迦之御魂を合祀し、下古川、古川澤、
    新田中江、大塚、井手畑六ヶ村の産土
    として崇敬せり、明治維新の際船内神
    と改称、村社に列す、大正五年七月上
    北條村大字古河沢字屋敷廻り鎮座無挌
    社古河沢神社(祭神素戔嗚尊) 同大字
    井手畑字下手鎮座無挌社井手畑神社
    (祭神経津主神)同大字中江字出口鎮座
    無格社中江神社(祭神素戔嗚尊)を合併
    す、大正九年二月十一日神饌幣帛料供
    進神社に指定せらる。

  例祭日 十月十九日
 
  建造物  本殿、拝殿、随神門、神輿庫
       参籠所

  境内坪数 五百八十一坪

  氏子戸数 三百四十五戸
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村社 穴窪神社 [日本の歴史]

東伯郡上北條村大字穴窪字屋敷鎮座

 祭神 誉田別尊

 由緒 創立年月詳ならされども昔時山城国
    男山八幡宮の分霊を勧請せしものな
    りと云ひ正八幡宮と称せしが、明治
    元年辰九月穴窪神社と改めらる、由
    緒

途中までしか、印字できません。
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賀茂神社 [日本の歴史]

西伯郡法勝寺村大字掛合字上ノフク山 鎮座

 祭神 別雷命

 由緒 創立年代不詳、往古より該村内産土神に
    して賀茂大明神と称せしを、明治元年神社改正
    の際今の社号に改めらる、明治四十二年七月大
    字内字賀茂田ヤマキハより今の地に移転す。

 例祭日 十月十八日

 建造物 本殿、拝殿、参籠所

 境内坪数 百七十三坪

 崇敬者戸数 二十二戸
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山口神社 [日本の歴史]

西伯郡東長田村大字八金字山ノ神 鎮座

  祭紳 大山祇命

  由緒 創立年代不詳、本村内産土神にし
     て山神と称せしを、明治元年神社
     改正の際今の社号に改めらる。

  例祭日 十月二十六日

  建造物 本殿、拝殿

  境内坪数 四十二坪

  崇敬者戸数 八戸
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村社 堀神社 [日本の歴史]

日野郡日野村大字別所字堀 鎮座

祭神 息長帯比賈命、品陀和気命、武内宿禰
    大日霎貴命、大山祇命、素戔嗚命、猿
    田彦命、天鈿女命、大国主命、武甕槌命

 由緒 創立年代不詳、社伝によれば安徳天皇の
    御宇加茂新次郎渡里新左衛尊宗、社領田
    二段一畝六歩を寄付せしが、其の後尼子
    氏に没収せられたりと云へり、元八幡宮
    と称せしを明治維新の際堀神社と改称、
    村社に列す、大正四年十一月日野村大字
    小原字小原家ノ下モ鎮座無格社小原神社
    (祭神天鈿女命 大日霎貴命、大山祇命、
    猿田彦) を合併す。

 例祭日 十一月十五日

 建造物 本殿、通電、拝殿、随神門

 境内坪数 百四十四坪

 氏子戸数 七十七戸
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村社 賀茂神社 [日本の歴史]

東伯郡上中山村大字羽田井字向田井字向田鎮座

祭神 建角身命、倉稲魂命、大山祇命

由緒 創立年月詳ならざれども、往昔山城国賀茂
   御祖大神を勧請し奉り賀茂大明神と称す、
   何れの頃か宮の谷と称する


このページは 上記、以下の資料が表示されません。
資料の多いときは、他の所に作った文章をコピーしますと、
入力された原稿はカットされてしまいます。

上の三行は、追加して書いています。きっと、この部分
は、表示されると思います。

今書いている部分は、表示されると思います。

上記の続きを記します。
 
2019/9/18 に、追加の記事を書きましたが、
表示されませんでした。

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村社 瀧山神社 [日本の歴史]

日野郡黒坂村大字中菅字市ノ原

  祭神 三穂津姫命、大日霎気命 誉田別命
     大山祇命、猿田彦命

  由緒 当社は承平七年八月一日菅高左衛門
     尉岡臣の創建なり、菅高氏は菅郷内
     井ヶ城主なりしが一夜霊夢に感じ城
     南八丁を距る幽?の所に社殿を造営、
     龍神を祀る、地方の信仰厚し、後世
     神佛混淆為に神官僧侶相相共に奉仕
     し龍王権現と称す、寛永中神官社僧
     紛争し遂に神官のみにて奉祀す、藩
     主池田氏の臣福田丹波守黒坂城主た
     りし以来厚く崇敬せられ、祈願所と
     定められ社殿の造営等同家より営む、
     明治元年神社改正の際瀧山社と改称
     同五年村社に列す、同六年瀧山神社
     と改む、同七年天災の為山上の岩石
     崩壊社殿を損せしを以て改築す、同
     十九年又水害ありて境内に大に破壊
     す、為に社殿を改築し漸く同三十三
     年に完成す、同四十年四月二十七日
     新鮮幣帛料供進神社に指定せらる。
 
 境内神社 岡照神社 祭神 菅高岡久

 例祭日 四月二十日
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村社 下管神社 [日本の歴史]

日野郡黒坂村大字下管字宮ノ谷鎮座


 祭神 大国主命、天児屋根命、上中底筒男命
    別雷命、海童命、市杵島姫命、大山祇命、
    菅原道真、猿田彦命

 由緒 創立年代不詳、社伝に大同年中に創建せ
    るものと云ふ、往古より國主大明神と號
    す、当社は菅郷(今の上管、中管、下管)
    の産土神にして社殿の造営等郷郷内一般
    より行ひしが、、中古上管の一部別に一
    社を建立氏子を分離したる為目中管、下
    菅両村の産土神となる、明治元年神社改
    正の際中菅村も分離し下菅社と改称、同
    五年村社に列す、同六年下菅神社と改称
    す。

例祭日 十月二十日

建造物 本殿、拝殿、神楽所、随神門

境内坪数 二百五十五坪

氏子戸数 十九戸 



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