SSブログ

尖閣諸島と歴史 歴史を知らない日本人(109) 如何にして戦うか(54) 防衛(31)水際防衛(12) [尖閣諸島と歴史]

前回は、長くなりすぎてすみませんでした。
 何分、貧乏だったはずの日本が、金持ちのアメリカとイギリスを向こうに回して、戦争を始めたのですが、多くの人は、日本が悪かったと書いて居られます。
①加藤陽子氏は、日本が20年前から、アメリカを仮想敵国としていたから判断を誤った。
②軍国主義だった。 これは、世界の人が思っているのですが、何故か、アメリカとイギリス、そして、ドイツは云っていないようです。私の本の読み方が少ないのかも知れませんが、今の所は、これらの国は、日本以上に軍国主義だったのではないかと推理しています。 
 中国と韓国は、一番に日本の軍国主義を声高に非難していますが、当時は、この国は、国の形をしていなかったのではないかと考えます。ドイツであろうが、
日本であろうが、国の形をしていたから、倒れそうな国の将来をかんがえて、
 如何ですか、つい三か月前から、尖閣諸島の事を考え始めましたら、これは、明治以降の歴史を知らなければ、正しい判断ができないと考え、歴史書を乱読しています。
 
  中国に占領されるままに、任せますと、日本の歴史的遺産は、すべて破壊されると考えています。
 例えば、奈良の東大寺、薬師寺、法隆寺の三つぐらいにミサイルを撃ち込みますと、日本政府どころか、日本人、全員は、尖閣諸島は中国にあげれば良いと言い出すでしょう。

 その点、アメリカは凄かったというか、賢明だったと思いたくなるでしょう。
 
 だから、アメリカは、中国の様な無茶苦茶はしないと思われるでしょう。

しかし、先日、紹介しました『はめられた真珠湾攻撃』三好誠著 を買って、ゆっくり読み直しています。
 この方は、タイトル通り、アメリカの罠にはまって真珠湾を攻撃したと書いて居られます。どのような罠であったのかと云いますと、アメリカでは、日本と戦争などする気の人はいなかった。(これを立証するのは難しい) その気に国民をするために、日本が、宣戦布告もしないで、騙し討ちをしたのだ。普通これを奇襲攻撃と言うそうですが、これは確定しています。多くの日本人は、奇襲攻撃ではなかったち弁明しておられますが、それは無理でしょう。日本人ですすら街頭で、奇襲攻撃だったかどうか、質問しますと、80%の人は、真相を知らなくても、奇襲攻撃と返事をすると思います。80%の根拠は、私のように、辛うじて、戦争の体験(疎開)を知っている人は、生きていないからです。(もう少し、生きているでしょうが、街頭は歩かないで、家の炬燵に入っているからです)
  三好誠氏は、本には年令を書いて居られません。きっと、私と同じ年齢の方だと思います。何故かと云いますと、148ページに「日本は貧しかった」と一ページの文章をかいておられます。
 出だしだけ書いておきます。
 徳川300年、その幕府を維持せんが為に産業も交易も抑制され続け、一般国民は実に質素な生活ぶりだった。維新後も世界の列強に張合うことに国富の大部分が吸上げられ、資本は寡占状態で庶民の生活は貧しいままだった。

 私は、「徳川300年、その幕府を維持せんが為に産業も交易も抑制され続け、」の部分は、100%間違っていると思います。
 秀吉は、どのように考えて、朝鮮に進攻したのか判りませんが、お金がないからではなかったと思います。次の時代の徳川家康は、豊臣家を倒すのに、相当、お金を使ったと思うのですが、戦争復興をしなければなりませんから、景気は良くなったのでしょう。一般国民は、貧しかったかも知れませんが、貧しいとは思わなかったのではないでしょうか。豊かさを知らない人は、貧しいとは思いません。
 何故、鎖国をしたのか判りませんが、1600年頃の中国の歴史を知らなければ、判断は出来ないと思っています。
 江戸時代には、江戸の人口が100万人という話をどこかで読んだ記憶が有ります。それだけではなくて、その当時、フランスのパリ(60万人)より、人口は多かったと云われています。ということは、きっと、世界一の町だったことになります。
 貧しい国が、そのような町を作ることは出来ません。
 
 その前は、都は京都に在りました。この都は、平安時代からありました。497年に平安京が造られました。江戸時代は幕府は、江戸に在りましたが、天皇は京都に居られました。
という事は、天皇を基準に考えますと、都は、497年から1868年まで続いたことになります。こんなに都が続いた国は世界にもないでしょう。
 藤原京、平城京 などは、短いです。外の都は、もっと、短いと思います。

 このようなことを考えますと、「幕府を維持せんが為に産業も交易も抑制され続け」というのは、間違いであることは確かです。

 中国と韓国は、国の形をしていなかったから、列国に遣られることになりました。
韓国の歴史は、気の毒な歴史です。
次のブログに書いてあることは、正しいかどうか知りませんが、参考に目をとおしてもいい、歴史だと思います。
http://ccce.web.fc2.com/si/dependency.html 

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。