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霧の中で吹いた口笛のカケ   70  -102- [真説 建国史]

イザナギ命が高天原から、近江の多賀に移られると恐ろしい大王がおらなくなったので、スサノオ命は武装をして高天原に登って来た。 そして天照大御神を奇襲したが天照大御神も事前に察知して武装されたため失敗した。 スサノオ命は根の国の堅州に行くので挨拶に来たのだとウソをついた。何れにしても根の国堅州に行くことはイザナギ命の命令違犯である。ウソか否かをウケヒと称するカケで勝負することにした。 二人は旭川の源流の塩釜と称する泉である天の真名井でみそぎをしてから、霧の中で口笛で人を呼び寄せた。この時スサノオ命の持物である十握剣に、女性が三人集って来たので、スサノオ命はカケに勝った。 本来はこのカケに勝ったのであれば、速かに高天原を立ち去るべきなのに、スサノオ命は乱暴を重ねた。 これこそスサノオ命はあくまで高天原を奪おうとした証拠である。現在住んでいる根の国堅州よりは高天原の方が立地条件が優れていたからだ。多くの大王が高天原に登って来たのは都として理想的な環境だったためだ。


---私のコメント---
「誓約」の場面は、古事記の読み始めの頃は、意味が良く解りませんでした。
その内に、田村誠一氏の翻訳に接し、なるほどと思っていましたが、
「霧の中で吹いた口笛のカケ」には納得できませんでした。

「誓約」と書いて「うけい」と読む事ができる人は、そう多くないでしょう。

 まともに、「誓約」の意味を探ってみることにします。

デジタル大辞泉の解説    せい‐やく【誓約】
[名](スル)固く誓うこと。また、その誓い。「口外しないと―する」「―書」

----この解説では、古事記に当てはまりません。

「うけい」https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%86%E3%81%91%E3%81%84
うけい(うけひ)は、古代日本で行われた占いである。宇気比、誓約、祈、誓などと書く。
ある事柄(例えば「スサノオに邪心があるかどうか」)について、『そうならばこうなる、そうでないならば、こうなる』とあらかじめ宣言を行い、そのどちらが起こるかによって、吉凶、正邪、成否などを判断する。

---この意味ですと、誓約をすることによって、「正邪」を決めたことになります。
ただ、その方法が納得出来ません。どうして、持ちモノを交換しなければならなかったかです。

アマテラスとスサノオの誓約 ―――ウィキペディアより
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%9E%E3%83%86%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%81%A8%E3%82%B9%E3%82%B5%E3%83%8E%E3%82%AA%E3%81%AE%E8%AA%93%E7%B4%84

これが抜群だと思います。何所が抜群かと云いますと、古事記だけではなくて、日本書紀に書いてあることを全部書きだして居られます。
他の一書に書いてあったことを全て抽出されました。
抜群だと書きましたが、訳が分らなくなりました。


 ④誓約(うけい)をの本質とはなにか
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=291357
---この文章の作者は、スサノオが、高天原を攻撃した時の、天照大神の対処方の根本が、セックスとの意味らしい。ということは、スサノオは男で、アマテラスは女性と云うことでしょうか。 多くの方は、女性とされていますが、私は男性に思えるのです。(日本書紀では、姉だと書いてありますから、女性ですが・・・)

⑤ 誓約(うけい)http://jiyodan.exblog.jp/7956483/
この方の考え方は、一面では正しいですね。
誓約をしたことによって、次の神が生れたのですから。

• 多紀理毘売命 - 別名:奥津島比売命(おきつしまひめ)。沖津宮に祀られる。
• 市寸島比売命 - 別名:狭依毘売命(さよりびめ)。中津宮に祀られる。
• 多岐都比売命 - 辺津宮に祀られる。
次に、スサノオが、アマテラスの「八尺の勾玉の五百箇のみすまるの珠」を受け取って噛み砕き、吹き出した息の霧から以下の五柱の男神が生まれた[4]。

• 左のみづらに巻いている玉から 正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命
• 右のみづらに巻いている玉から天之菩卑能命
• かづらに巻いている玉から天津日子根命
• 左手に巻いている玉から活津日子根命
• 右手に巻いている玉から熊野久須毘命

しかし、本当にスサノオとアマテラスはセックスをすることによって、争いを避けたのでしょうか。

 古事記には、次のように書いてあります。
「故ここに各天の安の河を中に置きて誓ふ時に、天照大御神、建速須佐の佩ける十拳剣を乞ひ度して・・・・」

大きな河を挟んでセックスどころでないでしょう。

ここで、素晴らしいのは、
『日本書紀』第六段の本文では、古事記と同様に天照大神が素戔嗚尊(スサノヲ)を待ち構えるが、天の安河を挟んではいない。  ---です。


何が素晴らしいのかと云いますと、日本書紀は古事記を読んで、それを参考にしたと考えています。
古事記に書かれている「誓約」は意味が解からなかったのでしょう。

本文に書くときに、「天の安河を挟んではいない」ことに書きました。それでは、やや、おかしい所もありますので、他の一書を三つも書いたことになります

天照大神と素戔嗚尊は、神さんです。 神さんがセックスをすれば、神が生れるのでしょうか。

このように見てきますと、田村氏の翻訳は、なかなかのものです。
高天原がヒルゼン高原であることを知らない人には、理解できないでしょう。

霧が多い所です。天の掛け橋が、オノゴロ島の前に、架かり、その下は、霧で一杯です。 誓約をしても、見えません。 霧の中で口笛で人を呼び寄せた とは、素晴らしい発想です。 太安万侶は、古事記のあちこちに、このような仕掛けを作ったために、日本書紀を作る時に、意味が解からなくて困ったと推察出来ます。

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