小さな発見・新しい発見 滋賀県大津市の古墳(126) 壬申の乱(77) [古墳から探る歴史]
書籍 「さざなみの都 大津京」は、大津京の発掘を目指して、発掘作業を続けられた林 博通氏の、中間報告の様な著書だと思いました。
その「さざなみの都 大津京」の始めの部分を読んで頂きました。
如何でしたか。
始めの三行は、理科系の人が書く文章ではなくて、文化系の方が書かれるような文章に思いました。
私も、発掘現場におって、休憩をして眺めると、西の方角には、比良や鈴鹿の連山を眺め、東を眺めれば、蝶のように舞い動く白いヨット、湖岸に打ち寄せるさざ波を目にしただろうなと思いました。
大津宮が発掘された錦織という所は、山麓から、湖岸まで続く、ながらかな傾斜地にありました。
しかし、現在の大津宮跡は、100坪程の狭い敷地に、保存されており、周りは、住宅ばかりで、景色はなにも見えません。
しかし、私はこの遺蹟跡まで歩くこと2時間を要して歩きました。出発は、近江神宮から湖岸まで歩き、人にお聞きしながら、大津宮跡に到達しましたので、林 博通氏が発掘をしながら、夢にまで見られた「大津京」はほとんど、歩いたことになりました。
それ故か、林 博通氏がかかれました次の文章は、重なって、私も想像させてもらったことになりました。
青く澄みわたった空と満々と碧水をたたえる湖、この青と碧との空間に,それらを裂くかのごとく横たわる比良や鈴鹿の連山、そうして蝶のように舞い動く白いヨット、湖岸に打ち寄せるさざ波にさやさやとそよぐ葦の葉。近江ののどかな春の風情である。
その「さざなみの都 大津京」の始めの部分を読んで頂きました。
如何でしたか。
始めの三行は、理科系の人が書く文章ではなくて、文化系の方が書かれるような文章に思いました。
私も、発掘現場におって、休憩をして眺めると、西の方角には、比良や鈴鹿の連山を眺め、東を眺めれば、蝶のように舞い動く白いヨット、湖岸に打ち寄せるさざ波を目にしただろうなと思いました。
大津宮が発掘された錦織という所は、山麓から、湖岸まで続く、ながらかな傾斜地にありました。
しかし、現在の大津宮跡は、100坪程の狭い敷地に、保存されており、周りは、住宅ばかりで、景色はなにも見えません。
しかし、私はこの遺蹟跡まで歩くこと2時間を要して歩きました。出発は、近江神宮から湖岸まで歩き、人にお聞きしながら、大津宮跡に到達しましたので、林 博通氏が発掘をしながら、夢にまで見られた「大津京」はほとんど、歩いたことになりました。
それ故か、林 博通氏がかかれました次の文章は、重なって、私も想像させてもらったことになりました。
青く澄みわたった空と満々と碧水をたたえる湖、この青と碧との空間に,それらを裂くかのごとく横たわる比良や鈴鹿の連山、そうして蝶のように舞い動く白いヨット、湖岸に打ち寄せるさざ波にさやさやとそよぐ葦の葉。近江ののどかな春の風情である。
2016-09-03 04:16
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