SSブログ

歴史各論 三角縁神獣鏡(99) 魏志倭人伝(50) 邪馬壹国は、何所に(46)邪馬壹国(5) [三角縁神獣鏡]

神武天皇は、初代天皇とされています。いや、そのような天皇はいなかったと説明している歴史家が居られます。その証拠として、10代天皇とされている崇神天皇が、初代天皇だと説を唱えておられる方が居られます。
 
 本当は、お一人ずつ、本名を書いて、どこがいけないのか、論破しなければなりませんが、お一人に1年かかったとします。100人居られますと、論破するのに、100年かかります。
 従いまして、どの学者が間違っておられるかを指摘しても意味がありません。

 お一人だけ、例を挙げて書いて見ようと思います。

ウィキペディアの崇神天皇の所をご覧ください。
 

この記事を書かれた方の名前は、書いてありません。私のブログと同じです。全く無責任極まる事例です。

 署名なしを非難しておきながら、署名しない私が以下の事を書くのは、矛盾していますが、私の疑問とする部分を書いて見ます。
先ず、はじめからの9行です。

 崇神天皇(すじんてんのう、開化天皇10年(紀元前148年) - 崇神天皇68年12月5日(紀元前29年1月9日))は、『古事記』『日本書紀』に記される第10代天皇(在位:崇神天皇元年1月13日(紀元前97年2月17日) - 同68年12月5日(紀元前29年1月9日))。和風諡号は『紀』では御間城入彦五十瓊殖天皇(みまきいりびこいにえのすめらのみこと)。また、御肇國天皇(はつくにしらすすめらみこと)と称えられる。『記』では御真木入日子印恵命(みまきいりひこいにえ)である。現代日本の学術上、実在可能性が見込める初めての天皇であると言われている。

 崇神天皇の所は、数人の方が、討論しながら、得られた結論かもしれません。
一番おかしな部分は、太い文字で書かれている 「現代日本の学術上、実在可能性が見込める初めての天皇である」の部分です。誰がこのようなことを認めたのでしょう。私は、はじめに書きました数人の方が認められたのではないかと考えます。とすれば、この9行の文章は、意味が無くなります。
 上4行は、『古事記』『日本書紀』に書いてあることから、現代日本の学術上、証明されるということでしょうか。

 和風諡号は
①『日本書紀』では御間城入彦五十瓊殖天皇(みまきいりびこいにえのすめらのみこと)。また、御肇國天皇(はつくにしらすすめらみこと)と書いてある。

②『古事記』では御真木入日子印恵命(みまきいりひこいにえ)です。

 ①②の事から、現代日本の学術上から言えることは、崇神天皇が、初代天皇であると云ってもいいだろうという感触が得られます。

この後、いっぱいの記事がありますが、スクロールして、8 関連項目 に移動してください。
1:神武天皇前660-前585 / 2:綏靖天皇前581-前549 / 3:安寧天皇前549-前511 / 4:懿徳天皇前510-前477 / 5:孝昭天皇前475-前393 / 6:孝安天皇前392-前291 / 7:孝霊天皇前290-前215 / 8:孝元天皇前214-前158 / 9:開化天皇前158-前98 / 10:崇神天皇前97-前30 /・・・・

 この記事はどういうことでしょうか。
神武天皇は、前660-前585 まで生きて居られたということでしょうか。天皇の在位期間でしょうか。
 このような話は、素人でも、誰も認めないと思います。ここに書いてある数字は、日本書紀に書いてある数字を現在の表記の仕方に修正したものだと思われます。

と云うことは、ウィキペディアの崇神天皇の所を書かれた方は、日本書紀に書いてあることを信用して、日本書紀の歴史を考えようとしておられることが分かります。

田村誠一氏は、『日本書紀は神話にすぎない』という文章を書いておられます。まだ、全部掲載していませんが、ゆっくり読んでください。

【おかしな世の中】という私のブログに、田村氏が作られた「歴代天皇家年表」を掲載しています。コピーして、ゆっくり眺めてください。天皇家で、長生きされた天皇の小生さ
http://asilka.blog61.fc2.com/blog-entry-868.html

 崇神天皇は、享年168才となっていますが、60年を差し引いた108才が本当の享年だという一覧表です。残念ながら、拍手をされた方は、お一人でした。その他の方は、この表の意味が判らなかったか、こんなバカなと思われたか、どちらかだと思います。

 2000年前に、崇神天皇が108年も生きられたのか、信じられないと思われる方が殆どだと思います。
 医学が発達していなかったから、この頃は、108才まで生きたと考えられます。
 70年ほど前は、60才ぐらいで死んでいた人々が、医学が発達したから、最近は、110才まで生きれる様になりましたと考える人が普通の人ですが、私は、それは間違いだろうと考えています。
 その証拠を知るには、110才~110才の方に、どのような人生を送ったか。例えば、どのような食事をして来たか。どのような仕事をして来たか。どのような遊びをしてきたか。どのような勉強をしたか。 結婚をしたか。今でも、夫婦二人で生活をしているか。
 だれかに助けてもらいましたか。 一番楽しかった思い出はなんですか。

 最後に、長生きをしてよかったか。まだ、長生きをしたいと思いますか。

 全部質問してください。 
 長生きの条件が、浮かびあがってくると思います。


 最近は、長生きしたくない人は、自殺をされます。ここ8年間、長生きしたくない人の自殺が増え続いています。一年に、30000人を超えていると思います。


 神武天皇は、紀元前52年の誕生で、崩御は、紀元後、25年です。日本書紀のデーターに拠りますと、享年、137年ですが、実際の享年は 77才だったという年表です。

 神武天皇は、古事記に拠れば、16年間も、戦争を続けて、柏原に宮城を建てたことになっています。
 これは、西暦紀元元年の事です。今日は、2012年ですから、2012年前に、神武天皇は、始めて、日本を治めたことになります。
 
 西暦元年という数字がハッキリしましたので、崇神天皇の五年も、ハッキリすることになります。と云うことは、神武天皇から開化天皇までは、実在した天皇であることが、立証できることになります。

 ストレスの多かった神武天皇でも、108年も生きられたということは、一般の人民は、110才ほど生きていたと考えても良いことになります。

 長生きをしていた古代史は、バラ色の時代だったと思います。

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。