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筑波にあった紀元前の製鉄所   78  -110- [真説 建国史]

東京工業大学の製鉄史研究会が〝古代日本の鉄と社会〟の題名の技術書をだしている。この中に関東の筑波山の西の尾崎で見付かった製鉄遺構のことが書かれている。  この製鉄遺構からは木炭までも見付かって、この木炭をカーボン14で年代測定した所、紀元前170年と分った。驚いたことにこの様な古い時代に製鉄が行われている筈がないと技術者集団すらこの科学的データーをボツにしてしまった。  そしてここにあった土器からこの遺構は8世紀から9世紀としたのである。ここでも主観による土器の編年が優先している。  丹後半島では最近ここの鉄の鉱さいが日本の砂鉄だったことが判明した。しかも年代は紀元前1世紀だったことが判明した。鉄剣は武器でこれは全て中国製の鉄が使われていたが、日本の砂鉄を紀元前1世紀には製錬していたのである。  八俣の遠呂に最新式製鉄所があってよかった。中山王国では鉄器も銅鐸も作られていた以上、製鉄が行われてない説は矛盾している。


---私のコメント---
今回の田村氏の考え方は、今までにない手法です。
此の時に出て来る言葉が、「製鉄が行われてない説は矛盾している」です。
 いくら、昔のことでも、どのような事柄を扱つかっても、「矛盾」は駄目だと云うことです。「矛と盾」のお話はご存じですね。

田村氏は、東京工業大学の製鉄史研究会が〝古代日本の鉄と社会〟の題名の技術書を全部読まれて、書かれていることは正しいと判断されました。

 カーボン14で年代測定した所、紀元前170年と分った。----田村氏は、カーボン14で年代測定した結果は、正しいと判断して居られることになります。

 田村氏は、技術屋です
 それゆえに、
[驚いたことにこの様な古い時代に製鉄が行われている筈がないと技術者集団すらこの科学的データーをボツにしてしまった]と技術者集団を批難して居られます。

 話題は逸れますが、最近の政治家は学門を重要視しません。 その政治家をクソミソにいうメデイアの人も、技術者を重要視しません。 なんの為の学門か解りません。

田村氏は、次のことを書かれています。
 ①丹後半島では最近ここの鉄の鉱さいが日本の砂鉄だったことが判明した。しかも年代は紀元前1世紀だったことが判明した。
 ②鉄剣は武器でこれは全て中国製の鉄が使われていたが、鉄剣は武器でこれは全て中国製の鉄が使われていたが、日本の砂鉄を紀元前1世紀には製錬していたのである。

この①と②は、別の事実です。
鉄剣は武器でこれは全て中国製の鉄が使われていたが、日本の砂鉄を紀元前1世紀には製錬していたのである。 これは、どこに書いてあったかは書いて居られません。

日本の砂鉄を紀元前1世紀には製錬していたのである
この部分も根拠を書いて居られません。

2回前にかきました108ページの[大呂にあった最新製鉄所   76 ]や[丹後半島の砂鉄]が関係してきます。この砂鉄は、天皇家の人が作っていたのか、中国人が作っていたのかを調べると歴史が解ります。そのためには、丹後や他の地域の神社の祭神を見ますと解ります。

 このような事は紙面の都合で、書くわけにはいきません。 このページは、110ページだけですから、中国王国のことを書いている場合ではありません。

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