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大国主神とスセリ姫のかけおち   84  -116- [真説 建国史]

葦原色許男大国主神の別名で葦原すなはち日野川の葦が繁ったデルタ地帯の刺国の子の意味であった。母君の刺国若比売がほとぼりが覚めるとスサノオ命に相談に行く様アドバイスしていたので根の国堅州に訪ねて行った。ここでスサノオ命の女スセリ姫と恋仲になった。  スサノオ命は二人の結婚を認めないで大国主神に、色々の試練を加えた。これに耐えかねてスサノオ命が居眠りしているすきに、大国主神がスセリ姫を背負ってかけおちした。 この時スサノオ命の弓矢と天の詔琴を持って逃げたので、スサノオ命ははだかにされたも同然である。この天の詔琴の詔は南越にあった詔国のことで、これが正倉院の五弦の楽器と考えたいのである。 この天の詔琴が木に触れて音を出したのでスサノオ命は目を覚ました。あわてて二人を追いかけた。しかし黄泉の比良坂すなはち夜見国(日野郡)の三平山(みひらやま)の麓まで追いかけたが、遂に追いつけなかった。ここでスサノオ命は大声で怒鳴ったのである。



---私のコメント---
正倉院展にいかれたことはありますか。私は一度だけ行きました。どれほど長い列ができたか、いまでも覚えています。いざ、展示されている前まで行きつきましたら、私の前は背の高い人ばかりで、背伸びをしても見えません。押されている内に、展示物から離れてしまったという悔しい思い出も残っています。 古事記から天の詔琴が、正倉院の五弦の楽器であると考えるのは、少し無理のような気もしますが、田村誠一氏は、丁度、五弦の楽器をみられたのかも知れません。
五弦の楽器は、次の所に、掲載されています。
奏 楽駱駝螺鈿五絃琵琶
http://www.arch.ce.nihon-u.ac.jp/~yumoto/artcul/database/japan/jpn008.html
ラクダの絵が見えます。 

「大国主神の別名で葦原すなはち日野川の葦が繁ったデルタ地帯の刺国の子の意味であった。母君の刺国若比売・・・・」と有ります。

田村氏は、刺国は、どこの国だとは書いて居られませんが、
詔を南越と書いて居られます。
http://www.google.co.jp/imgres?imgurl=http://wenwen.soso.com/p/20110618/20110618174924-74941452.jpg&imgrefurl=http://defence.pk/threads/history-of-vietnam-or-what-do-you-want-to-know-about-vietnam.272273/&h=508&w=500&tbnid=7t2X3H30YQpk_M:&tbnh=153&tbnw=151&docid=H39abcjyULbcVM&itg=1&usg=__bybdl93SHoCd9OT42-oWSiulBMI=

地図でお分かりかと思いますが、台湾に近い中国とベトナムにかけて存在した国です。紀元前200年ころにあった国です。 こんな国のことがどこから出て来たのでしょうか。もともとベトナムの国土だったのでしょうね。

こうなりますと、刺国若比売の母君は、何処からやってきたのでしょうね。

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