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崇神天皇三兄妹(2) [日本の歴史]

前に推定年代表を載せておいたが、7代孝霊天皇と9代開花天皇が相ついで亡くなった時に、崇神天皇はは40才だった。
 日本書記には代々の天皇が即位された様に、書かれているからインチキだと述べた。
7代8代9代と順々に即位出来る筈がなかったのである。現に8代の天皇は即位出来ただろうか。
 中国では肉食で皇帝は30才前後で死に、数才の赤んぼが即位することが、この時代は多かった。
 天皇の平均在位で日本書記のインチキ年代を修正する位バガゲタことがあるだろうか。 
話は横にそれたが卑弥呼は丹波の天照大神をまつった、伊勢神宮に巫女として行かされた。
 崇神天皇が生まれた頃には吉備の吉井川の川口付近はすでに、韓国軍の基地が出来ていたのである。
倭国大乱の最中である。
 卑弥呼は173年に新羅に親善使節を出したことは既に述べた。韓国軍に攻められている以上、新羅と友好を結びたかったのだ。
 


      --- 48ページより引用 ---

 私からの一言
 173年頃の、大陸との関係を書いておられます。名前はよく聞きますが、卑弥呼のことが、少し登場しています。
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